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最高裁判所第三小法廷 昭和42年(オ)699号 判決

上告人

西野正文

右訴訟代理人

山上孫次郎

被上告人

破産者森電業株式会社破産管財人

村本一男

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山上孫次郎の上告理由第一点について。

所論の点に関する原審の認定判断は、次のとおりである。すなわち、

訴外森電業株式会社は、各種電機器具の製造および販売を業とするものであるところ、昭和三一年一一月二二日午前一〇時破産宣告を受け、被上告人がその破産管財人に選任された(右会社を以下、破産会社という。)。

破産会社は、昭和三〇年二月ごろ(原判決一二枚目表一行目および同四行目に昭和三三年とあるのは、原判決説示に徴し、いずれも昭和三〇年の誤記であることが明らかである。)新株を発行することになり、上告人は、その全部を引き受け、同年三月八日ごろ破産会社に対し、右新株の払込金として一五〇万円およびそのころ別に締約された貸付金五〇万円合計二〇〇万円を破産会社の取引銀行口座に入金し、破産会社は、同月一一日そのうち一五〇万円を当座預金に、五〇万円を定期預金に振り替え、右当座預金は破産会社において一週間内にその殆んどを諸支払のため費消した。

上告人が破産会社に右のような援助をしたのは、同会社の代表取締役森茂が上告人に対し同会社があたかも健全な発展性のある会社であるかのように申し向け、虚偽の貸借対照表その他関係資料を呈示したためであつたから、同年三月二一日ごろ上告人は、破産会社に対し、前記新株引受ならびに消費貸借契約をいずれも詐欺により取り消す旨の意思表示をして二〇〇万円の返還方を要求し、破産会社においても、右事実を認めたうえ、その返還を約し、その結果、破産会社は、同月三〇日前記定期預金を銀行との間で解約して五〇万円を上告人に弁済し、さらに、同年四月三〇日ごろ残金一五〇万円の弁済に代えて、上告人に対し、原判決別紙目録(1)の約束手形を裏書譲渡し、また、同(2)ないし(6)の物ないし権利を譲渡した。

破産会社は、昭和三〇年三月上告人か前記出資および融資を受ける約二年前から会社の経営が思わしくなく、降つて、右当時には赤字が三〇〇万円位に達することが見込まれ、資金繰りに窮した挙句、前述のように虚偽の会社書類を作成するようなことまでして上告人の援助を乞うたのであり、その後、上告人は、その義弟である訴外小沢初三郎を会計担当の重役として破産会社に送りこんだところ、図らずも同会社の実態が露呈され、小沢の判断では、昭和三〇年三月二一日当時の債務総額は一、〇〇〇万円以上に及ぶと認識されており、他方銀行預金は殆んど無く、上告人が破産会社から前記弁済や弁済に代えた給付を受けた当時、破産会社は、債務超過は勿論のこと、資産内容が著しく悪化し、事実上支払不能に陥つており、小沢は、上告人の支出した二〇〇万円の回収に関し、上告人の代理人として破産会社との間の交渉に関与したから、破産会社の財産状態については、充分これを認識していたことは勿論、上告人自身も小沢を通じて当然認識していたものと認めることができ、さらに、右事実と、上告人が弁済に代えて給付を受けた物件類が破産会社の商品ばかりでなく、営業用の機械も含まれていたことも併せ考えると、破産会社の代表者森は、他の債権者を害する意図のもとに、また、上告人は、一般債権者を害すべき事実を知りながら、前記弁済と代物弁済をし、また、これを受けたものと認めるべきである。

ところで、右事実によれば、上告人は、右二〇〇万円を破産会社の代表者森の詐欺により給付したものではあるが、それは、単に事実上のものではなく、しかも、右二〇〇万円は、金員として与えられたのであるから、特別の事情のないかぎり特定性がなく、したがつて、右金員給付の原因である法律行為が詐欺を理由として取り消されたからといつて、給付した金員上の所有権が上告人に復帰するものではなく、上告人は、利得返還請求権を有するにすぎず、その点において、一般取引上の債権者と径庭はない。わけても、弁済に代えて給付された物ないし権利が破産会社の一般債権者(破産債権者)の共同担保である財産(破産財団)に属することはいうまでもないから、これを減少させる行為は、破産債権者の利益を侵害するものである。

よつて、被上告人は、破産法七二条一号により破産会社と上告人との間の前記弁済および代物弁済を有効に否認することができるものというべく、その否認権行使により、上告人は、破産財団を原状に回復させるべき義務がある、というのである。

原審の右認定判断は、原判決の挙示する証拠関係に照らし、正当しとして是認することができ、原判決に所論の違法はなく、所論引用の判例(大審院昭和六年(オ)第二四七九号同八年四月二六日判決・民集一二巻八号七五三頁)は事実を異にし、本件に適切でない。それゆえ、論旨は採用することができない。

同第二点について。

論旨は、前記原判決理由中の明白な誤記を捉えて、原判決には理由そご等の違法があるというにすぎないものであるから、採用することができない。

同第三、第四点について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決の挙示する証拠関係に照らして首肯するに足り、その過程に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(田中二郎 下村三郎 関根小郷 天野武一 坂本吉勝)

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